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theater marcia

よろしくない表現も多々あります、お気分を害したらあやまります。でも消したりはできません。すいません。ejimatoyou@yahoo.co.jpまでメールをおくってください、善処します。

01/22

Thu

2026

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12/20

Sat

2008

08年宙組公演 Musical entertainment Paradise Prince(パラダイス プリンス) #3

しゃべること、テキストにおこすことの意味がわかった。完結した事柄にも続きができるから。

さてさてさて一つ謎に感じていたことが解決しました!これは映像の強さだと思う。(し、弱点でもある。ゆるやかな予想を奪うという点では。)わたし、ラルフが直感でドリームファクトリーInc.に入社してるのか、それともスチュアートを追って入社してるのか判断がついてなかった。調べてもそこに触れてる記事には出会わなかった。DVDになってようやくですよ。オープニングの大陸横断の途中、オクラホマ近郊でであう時代錯誤なカウボーイ達とスチュアート。ここに字幕がでてますよ!ラルフ・ブラウンって!つまりこのカウボーイはブラウンさん。ブラウンさんとスチュアートの出会い!自己顕示欲の強いメンフィールド氏はNYでのこと、自分のこれまでと作品とを見知らぬ農夫にしゃべる。だって、言いたいから。自分に興味のなさそうな人なら口を閉ざさなくてもいいから。秘密にしなくていいから。「君、アニメに興味ある?」「Oh!Hayao MIYAZAKIくらいなら!」「僕はアニメ作家になりたいんだ!オレンジカウンティにいくんだ!」「がんばれよ!」メンフィールドさんって詰めが甘いのよね。

ラルフは優しい子ってわかったので、もう大丈夫。蛸山葵芥子蓮根まできっとやってみせる。ぼくのぱらだいすぷりんすー♪
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12/20

Sat

2008

08年宙組公演 Musical entertainment Paradise Prince(パラダイス プリンス) #2

究極超魔人ルカノール!

比較対照が少ないのは申し訳ないところだけど、シニョドン、パレルモとパラプリと景子作大劇場作品で大きく違うポイントがあるとすれば舞台上に高低さがあるかどうか。舞台装置が装置として機能しているか、それともセットが動くかどうか。パーツか。パラプリは一つ一つのわりと小さいパーツがてんやわんやしてる。私ね!今年から観劇はじめた初心者にわかだからね!あんまりしらないんだけど!ベルばらぐらい角度のない舞台だった!そうだ思い出したそうだった!一枚のポリゴンにテスクチャ張れば立体映像になりそうなそんなかんじ!生きてる間には評価されないだろうけど、それでも描いたのはそうしなきゃ生きられなかったから。スチュアートは必然もいくはたまたま若くしてその才能を世の中に知らしめているけど、たとえ今がそうじゃなくても描きたいものの描いていたんだと思う。そしてそう生きる事に誇りを持っていただろうし、自分の作品には自信があっただろう。(ここはまた別に考える。)だからキャサリンの前で第三者の視点でありえた。パラプリのキラキラは自信。そうありたい、憧れがある。嫌いって言い切ってしまえないのはグリーンのもってる絶対の自信だと思う。ううん、緑も黒も茶も、自分がそこにいることを自分の手で選んでいるのよ。そうして選んできたことに絶対の自信を持ってる。この3人の生き様がヒロインの作品や心に絡んでいけば魅力的な作品だったのにね。(ハーレムで。)おおのたくじにしてもそうだけど、専化を脇役として割り切れないのかしら。専化退団してしまったらどうするつもりなのかしら。ねぇ、けいこも退団すんの?っていうくらいハワードかっこいいわ。っていうかハワードに恋するわ、常考。だってずーっと影で見守ってきてでも愛していたんだ!っていうのはアンドレだから。アンドレの愛の形は女性が本能的に求めてるものらしいわ。めろめろきゅんきゅんめろきゅんきゅん。

12/19

Fri

2008

08年宙組公演 Musical entertainment Paradise Prince(パラダイス プリンス)

「何がご希望ですか?」「困った顔が見たいです。それが叶わないなら歌って欲しいです。それも望めないのであれば恋愛してるとこが見たいです。お芝居が見たいです。」見事に頭が動かない。

12/17

Wed

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #13

萌えるか萌えないかだと萌えないけれど、萌えなくていいの、好きだから。(そんなこともあるんだ!)

この花がこんなにも美しいことを誰も教えてくれなかったって怒りはしないけど、生きてきた分だけのブランクがあるんだと思うと悔しい。舞台装置の、真ん中の段差のとこにある桜が今よくある染井吉野みたいな桜で、だから想夫恋の桜っていうのはそっちだと勘違いしてたのは前述のとおり。ほいで、もしかして八重なんじゃね?って思ったときに便利な箱で調べたの。八重桜ってどないやねーんって。後ろにあるすだれ状になってる奴じゃん!なんなのそれってやっぱり、春になったら弁当とアルコールもってどんちゃん騒ぎするこの国のふつーの人って最初から八重桜なんだって気がついてたの!?やっぱり偏った生活って駄目ね。視野が狭くな一方だわ。ところでもしかしてこれ無限ループ物なんじゃねって?考え始めました。一幕前半、後半、二幕前半、後半と大雑把に分けたとき、3、4、1、2、って数値にできるなら知家の高揚具合を表せる。で、一度フィナーレまで見終わってまた最初から再生してるんだけど、やっぱり二回目のほうがすきなの。だけど次の日も、また次の日も、って再生してるのに私の心はリセットされる。でも完全に白紙に戻ってるわけでもなくて、言い表せないの!言い尽くせないの!それだけじゃなくて、知家と幼知家がくるくるする場面が神秘的で、この時点で知家は幼い方が本体になって、みったんはみったんの顔になって、適当な言葉が見つからなくて、思い出せなくて、こんなヘルプメールを送りました。「クロスワードで申し訳ないんだけど、セフィロスがしようとしたのはリ□□□□?」ゲーオタっていうのはげに恐ろしいね!「リユニオンだよ!FFならまかせて!」知家と幼知家はリユニオンして最初に、隆季との出会いの場面に戻っていく。

使える安物ボールペンおたく、シュナイダーのリナカラーを買いました。(きいろとあお、定番。なんにせよ何かしら買うときはこの2色から!)だめだこりゃ。やっぱuniだ、ジェットストリームを越えるのはそうそうないぞ。テクノラインは繊細すぎるし、オプトは剛胆すぎる。

12/16

Tue

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #12

(冬はディスガイアの季節、寝不足ー寝不足ー!)だいたいゲームのキャラクタには最萌キャラの名前をいれる、今は黒髪の天使にロドリーゴ。このままだとDQ9はアランってつけてしまう。予想できる。たぶん的中する。

好きでも嫌いでもない、頭にのこんない作品は数あれど、想夫恋はここまで一貫して言葉まで焼きつく勢いなのに最後の知家の台詞に毎回「なんだっけ?」って考えるの。自分におきてる一瞬のよどみが好きでもある。だから2回の再生で1セットだって思うんだ。それってつまり毎日毎日えんえんと再生しても一作分見終われない。まったくよくできた本だ、長いまつげに包まれた大きな瞳はわざとでしょ。現代人の心で見てねって前置きしてる。知家ってキャラクタの中心にあるのは、自分では直接■■にできないってこと。だから見守る。何をするにしても、隆房の件を除いて知家は直接関わってこない。自分に出来る、出来ないって前提が他のキャラクタとあきらかに違う。このゆがみはどこから来てるの?今でこそ藤原の家の子である知家ももとはただの京の民、身分の負い目かしら。それとも桜の精だから、結局自分は幻で、実体を持たないからかしら?だけど、桜の精が概念としてしか存在できないのと違って、あなたは少なくとも名前をもってる。個として存在を確立してるのに。きっと知家はその事知らないの。立ってる場所が誰とも違うから、隆季も、藤尾も、知らないことを知らない、いえない、助けられない。隆房は知ってたと思うけど。言葉は人間の拵えたもの、とかなんとか人間だとかなんだとかって中2病みたいな台詞いってんのは知家だけなの。ってわかった時のアハ体験といったら!そりゃいいんだけど「…あたかも」の使い方が蘇って黎明みたい。黎明というと別件でいろいろあって結局さくらばなに戻ってきてふひひ。(ねっからすきです。)

12/15

Mon

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #11

っていうか幼知家もえー。かわいーかわいーかわいー。きゅーん。おとめ便利だなぁおい。

まだまだ続くよ予想話!知家の存在がこの世のものじゃないって予想してるのには訳がある。リナラモントを天下の化け物からただの人間にしたあの人が、そんなわかりにくい人間像をつくってきたのが解せないから。知家はほんとーに何考えてるのか描写されない。どうしたいのかも、最後までわからない。ただ物語をなぞるだけなら不適切な主人公だと思う。だけど二回目を見たら心震えるポイントが初回より断然増えるの。いっそ、1セットで一回だと思ってもいいくらいに。一気に視界がクリアになる。なんで?そういう演出なんでしょって所に落ち着こうとすれば知家は桜の精なんだって凝り固まってしまった、そう思い始めてから煮えたぎってるのはあまりに突飛すぎて人にしゃべれないからなんだけど。黄泉の帝王とちがって愛して!愛して!って主張しないのは、桜が古い樹だと仮定しましょうよ。彼が最初に愛したのは隆季の嫁(隆房の母)、彼はまだ桜の精だけどその恋心ゆえに命を奪ってしまう、そうしたいかったどうかは別として。知家は学習するの、こんなことしちゃだめなんだって。人間に恋しちゃだめだって。だけど運命はいたずらは皮肉なもので、今度は隆季と出会ってしまう。ううん、悲しみの底にたゆたう隆季が我慢できなかったの。人の子の姿になって、笛ふいて、足元しかみてない男の視野を広げさせた。それだけで満足だったんだけど、予想外の出来事がおきちゃった。民による暴行。うあー人間ってーうわーって思ってたら助けが入って、しかも屋敷においでっていうの。一言もしゃべれなかったの、だってまた恋しちゃったから。知家って名前は隆季がつけてくれたの。「ぼくあなたの息子になっていいの?」って受け止めてたら、ちょっと違うのね。隆房ってその家の息子の従兄弟ってことにされてしまった。なのに、なんでーこいつーって思っていられたらしあわせだったのに今度天真爛漫な隆房に惹かれて行くのね。ひどい話だよ、むごい話だよ。知家にとって愛は死神の接吻だもの。トートとは違うエゴだけど、知家は知家で違う道を探せなかった。物語の最初と最後は画面が同じなだけじゃない、つながってる。だから「すべてを語ろう。」って歌詞なんだ、と思うとぶわっとくる。ぶわっぶわっぶわっ。ところで平家の人々に知家ってみえているんだろうかと思ってる。狭霧をよこしてるのは中納言、先帝の一派なんだもの。藤原家に関わっていく人にしかみえてないんじゃないかなぁ。桜の下はいつか帰るところ。シシィも小督も現代の感覚をもった強い女性でありながら籠のなかのカゴメだと描写される。ほら、想夫恋はエリザベートだよ。いいオマージュだ、反対のもので同じものを作り上げてる。ここまで書いてアレだけど、深読みもしてるんけど、勿論オーソドックスにも楽しんでるよ。で、結局さ、狭霧って何物なわけ?なんでそんな絡んでくるの?なんでそんなストーキングしてんの?生き方についていちゃもんつける理由は?隆季に拾われなかったらこうなってたってことなの?ええと、今本気で想夫恋のパンフレットを買うかどうかって所です。この謎が解明できるなら解明したいから。何か元ネタがあるんだろうか。(一片ではあるけど対等な存在になる因子には欠けている。)

解説を読んだりなんだりって理解しようとするのは日本人の悪い癖なんだそう。そのまま受け取って楽しめばいいじゃないって、引用なり台詞の意味まで理解しなくても言葉の韻を楽しめばいいじゃないって。目の前のハンバーグに手をつけるなっていうのは私には無理だわ。知りたい知りたい知りたい知りたいー!

12/13

Sat

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #10

感謝という点において、ヴィルヘルムシュルツは知家に似ていると思うの。

(捏造だって言い切ってしまえるほど理解できていないし、かといってそう断定できる用材が揃ってるわけじゃないから予想ね。)知家は人の子ではないんじゃないか。隆季は知家を、隆房の従兄弟でだけど兄弟のように育ててきたって説明する。同じ屋敷に住んでいて、そうやって養育してきても地位は違うの。隆季の家督を継ぐのははじめから隆房。じゃあ知家は今何をしてるんだろう?楽師になるのは二幕から。それまでの知家は何者なの?誰にとぼされるわけでもない、ニートじゃないよね。話は遡って、隆季と知家が出会う場面で知家は一言もしゃべらない。もしそこまでに関係があったとしたら、親族なりなんなり、貴族なりなんなりであるとしたらこれはおかしい。もう一つ不可思議な点は同年代と推測できる隆房が袴なのに対して、知家は足だしてるのね。春のまだ風の冷たい季節に、ひざ出して笛ふいてんの。身なりは奇麗にしてるのがまた解せない。父も母も、家もない。元がいい家の子息であるなら衣装は解決。そうでないのなら、その笛はどこから来たんだ。(琴ほどでないにしても楽器って高価なものなんじゃないか。)父も母も、家も、戦火で燃えてしまった桜だとしたら?喋らないんじゃない、喋れないんだとしたら?笛は、自分自身だとしたら?桜の精はただのフィルターじゃない。「すべて幻になる。」は知家そのもの。花弁は桜の精、花冠が知家。つーか、知家は最初から隆季って愛してる人を隆房にとられてる。次は隆房を小督に。知家は小督を失わないために思いを告げないとしたら。愛した人を次に愛する人にとられていく繰り返しって何それ壮絶。言の葉もなきっていうのはnotじゃないよ、can'tなんだよね。日本語ってわかりにくいわ。

楽師として宮中にもぐりこむっていうのはドクトルゼーブルガーと同じ。

12/13

Sat

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #9

あまり舞台のなかに社会を見出したことは無いんだけど(だって主人公とヒロインが幸せならそれでいい世界じゃない、おおよそ宝塚って。)これだいぶ違いますよね?舞台にいない人たちが動いてるんだよ。前帝とか、葵前とか。そっちにいるのが狭霧なのよ、だからよく見えない。たしかに清盛は黒だけど、平家だけじゃないんだわ。情報量が多くて萌えとかいうレベルまで私が到達してない。初めてGHOST IN THE SHELLをみたときと同じ。世界に感動したと同時に、パンク寸前。ついていけなかった。で、まるごと理解したい。その上でどのキャラが好きだとかどうだとか考えたい。まだそこまで到達できないんだな。険しい道のりだ。「青きてないよね?」着てます。き!て!ま!し!た!そいから、紫の直垂?がライティングによって青に見えるシーンが一箇所あって吹いた。でもでもあながち間違ってないんじゃない?青は抑圧を象徴しつつ空間でもあるんだよ。想夫恋の土台になってるの。おかしいな。シークレットハンターはどんだけ谷正純みたいな画面つくってんだって呆れたのに。(トゥルアーとダグパパ以外の場面でずっと!)フィナーレ前の桜の精が揃って地団駄する一瞬が好き。たぶん、いままでみたどのお芝居のどのシーンより好き。カメラワークと装置と衣装と音楽とってぜんぶ寄せ集めた映像って総合芸術として、初演エリザのラビリンスの最後を抜いたよ!私みちこファンでよかった!朝、桜モチーフのものをみた時に知家だって思った。桜の精がフラッシュバックした。これはいかんですよ。きっと春になったらもっと思い出してしまう。運がよかったのは、私が花粉症もちだから「ああまた感傷に浸ってるよ。」ってばれないこと。

その場面までなんとも思わなかったのに、すべて幻になるって一言で疑惑が生まれた。知家は桜の精なんじゃないかって。トートなんじゃないかって。

12/12

Fri

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #8

ことのはもなき、はは葉。八。桜の精は八人。視覚効果と現代感覚に誤魔化されてるけど、もしかして桜は八重か?

12/12

Fri

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #7

知家は隆房のことをどう思っているんだろうか。「俺が殺したかった!」っていうのは愛?それもあるだろうけど、それだけじゃあまりにも記号的だよ。一つの言葉ですむなら言えばいいんだからさ。だってここにあるのは男のロマンじゃないんだもの。どう生きたか、どう生きれたかの結果があるだけなの。その桜花の花弁一枚一枚の色が、形が違うように、それでも集まって形成されるように、言い尽くせない思いの塊がこの台詞なんだ。勝ちは譲ってきた。お前のせいで思うが侭に生きられなかった。お前がいるからここまできた。いてくれたから、一人じゃなかった。そこで苦しんでいるなら手を貸したい。呼ぶ声がするなら寄り添いたい。ところで最初から笛を持っていたってことはもともと良い家の子供だったんだろうか。まだまだ確かめないといけないことが残ってる。足りない。想夫恋が足りない、もっとみなきゃ!もっと!

12/12

Fri

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #6

それはそうと男らしい造形をされてるキャラクタって隆房だと思うの。

小督の「あの方が隆房様であったなら。」って言葉が私に突き刺さる。小督ははじめから藤原の家督を継ぐ人間に恋をするつもりだから知家は範囲外にいるの、だからいつまでたっても隆房を手に掛けたことを責め続けるの。惨い。知家のこと好きなくせに。知家は隆房を介錯するけれど、既に隆房は知家を殺してるの。わざわざお願いまでして、笛を、隆房と小督のために吹かせたの。その笛が知家の魂だってしっておきながら。惨い。知家のこと好きなくせに。隆季は明日まではって期限付きのお願いをするの。そんなこと言わなくても知家は裏切ったりしない、生き方を変えたりしないってしっておきながら。惨い。知家のこと好きなくせに。みんなして、みんなして非道な仕打ちを与えていく。そこで言わなくても、知家はそう選ぶしかないし、そうするのに。そうしないと生きられないのに。大事なものを捨てて生きてきた。だからもう何も残ってないのにみんなして可能性を奪っていく。笛の前でだけは素直でいられたのに隆房に奪われた、残った竜笛そのものは小督に捧げた。戻れないんじゃない、戻ってこないんじゃない。もう会わないんじゃない、会えないんじゃない。やっと終わった。だから狭霧は救い。

探してるんだけど望むような答えがなかなか見つからない、納得できない。

12/12

Fri

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #5

笑い男のエフェクトには意味があるけど、ウテナの薔薇エフェクトに意味はない。笑い男の世界になれているとウテナの世界に違和感があってなんで?なんで?って頭が混乱する。でも二回目にはもう受け入れるしかないの、そういうものだって。美しいなら、それでいいんだって理解するの。桜の精はそういうものだと思う。隆房にあらゆる勝ちを譲ってきた知家が唯一譲らなかったのが笛。笛の前でだけは包み隠してきた心も解き放っているし、素直でいる。穏やかで、やわらかくなってる。桜の下で、その笛を手にしているときに小督と出会ったからこそ恋をする。だけど隆房の望みで想夫恋をあわせた時から、知家は笛の前ですら本心を隠して生きていかなくてはならなくなった。唯一無二の生きる術は小道具に成り代わってしまった。だから人前ではめったに演奏しなかったのに、楽師になった。「この笛は、私の命。」彼は笛を二度失う。幼い隆房の衣と知家の袴に二つの青。成人した隆房と狭霧。隆房と高倉、二人の主人。

(スチュアートと違って感慨深い。アートに対する姿勢はもっと真摯だし、切り売りするつもりもなさそうな点も何もかも違う。共通点は譲れないって部分だけなのにそれすら知家は手放さざるをえない。)

12/12

Fri

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #4

「そんなことは言うな!」なんだ、みりお格好いいんじゃないか。年下攻めは私好きでーす、許容範囲内でーす、イレギュラーで。しかも王道に侍従とか大好きだし。もちろん下克上だって好きだけどそれはそれ、萌えにも取捨選択とか食い合わせとかハーモニクスとかあるもの。もちろんそれだけじゃないけど。あ、でも想夫恋はほもくはないです。っていうかあんまりエロスのにおいはしません。かといって健全なわけではないです。重きを置いていないというか、衆道があたりまえに存在する世界だから書き出していないというか。例をあげるなら、信長を題材に蘭丸を描くか濃姫を描くかっていうようなもので大野より見ていて楽です。別に物足りないとも思わないから。みんなが大好きなことは知っていても春先になると花粉症で桜どころではなくなってしまうから象徴だと思ってはいても特に好きだとか嫌いだとかってない。いや、なかった。毎日のコースも一本しか植えられてないから余計に意識しなかった。(それよりは菜の花がわーって咲いてる!ほうに目が行くし。)だけど次の春から変わるかもしれない。ってそこまで思うくらい装置も、ライティングも美しかった。でね、青だねやっぱり。大人になってから知家は身につけていないよね?なのににじみ出てるのはこの色なの。表してるのは別の人間や、場面。知性や、誠実さ。それから冷静で、ある意味の非道なさま。ここまで配色でキャラクターや場面を書き分けるとは思わなかったし、そういうの宝塚じゃみれないと勝手に思ってた。(のは、エスペランサの蘭様のパンプキンイエローのスーツのせいだけど!正塚でさえこんなことするんだから、こりゃ期待しちゃいけないんだって!)

愛するセプトクルールが、今何色なのか、私は判断できない。虹が七色どころじゃないことは知ってるけど、でもそれを言い表わせない。持ち味って?太陽って?月って?いいえ、ケフィアです。

12/11

Thu

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #3

ところで私は暗愚を装う凡庸な人間萌え属性っていうのを持ってます。赤壁の孫権だとかっていうアレが、あおきでした!あおき!あおきー!デイモン@バーボンやマジ鬱みたいなバカも大概好きですがやーねやーねやーね!帝ー!あおき!あおきー!(私はバカ萌え属性っていうのも持ち合わせてます。)業平と高子のように、知家と小督は「だから続ける。」とは言わない。この二人が自戒の人だから、同じ忍ぶ恋なのに想夫恋は乱れていないのよ。知家が感情をあらわにできるのは青がある場面だけ。知家が生身の人間でいられるのも、青がある場面だけ。でも、知家より帝より、この作品の世界が好きみたい。キャラ萌え要素よりも展開萌えというかなんというか。齋藤や鈴木がこんなやつおらんやろーなキャラクタで世界を構築するとしたら、児玉明子はどうやら違うのかも。すくなくとも想夫恋は、ありえるキャラクタがその性格の範囲内に動くリアルさがある。そうだった。シークレットハンターで異質なのは男爵だったものね。色物を使いこなせないから、もともといないから想夫恋ね?桜の精は見事で登場するたびに華やかで、でも心苦しくて、作品のなかにひっぱってくれるけど、2幕のやけに長い回想っていうかショーパートはいらないかも。(桜の精がいらないんじゃなくて、この場面がいらないの。時間つぶしにしかみえないから。)大野作品のように幼少時代を手前に持ってこなかったのは好き。ダグとパパのようにくどく表さなかったのも好き。養父とのシーンと最後の桜の下までのカメラワークから、このシーンの為にここまで作ったんじゃないかとすら思う。セカンドライフにも「最後のこの画面の為に全部の話があるんだわ!」ていうかフィナーレの明朗さに月組なんだなわ!って感じた。

音量を調節できなくて練習するのがとても嫌だった。やだなーやだなーって他の楽器に逃げて、夏休みがあけると発表しないといけなくて、もちろん満足に演奏できなくて。っていうのを思い出しました!つまりそういうことなんだと思いますけれど。

12/11

Thu

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心- #2

(しばらく配慮に欠けた記事をかきます。ごめんなさい。)

「この笛は私の命。なくなれば、死にます。」混ざってるっていうのはわかってるよ。台詞の度に後ろを続けて笑ったり笑われたりした。ってちゃかしてるけど、もしかしてすごくすきかもしれない。最後のスタッフロールに児玉明子ってみて思い出したのは、とうこにトゥルアーさせた演出家だ!ってだけで他になにも思い出せなかった。(っていうかナイトフォックスさせて様になるのはあさきりなのに、なんでよりによってとうこなんだって思ってた、シークレットハンター。)でね、今考えると大野せんせーと同じで頭の中に絵コンテのある作家なんじゃないか。逆に齋藤とけいこは絵コンテのない作家なんじゃないか。いざ映像にするときに明確なビジョンがあるかどうかって違いがあるように感じた。なんせ作業しながらぼんやりみてたから確信はもてないんだけど、今一つ推論をたてるとしたら、青が知家を束縛してる。悪い意味だけじゃなくて、魂の片割れになる存在でとっても大切なもの。次は青がない場面でほえないかどうか確かめる。

※でも私には青って概念をオリジンオブラブでしか説明できない。

12/11

Thu

2008

06年月組公演 バウ・ミュージカル 想夫恋 -言の葉もなき、君の心-

ルビふりすぎ。落ち着け。想夫恋(そうふれん)言(こと)の葉(は)もなき、君の心、そこまでしなくても大丈夫だから!てことであんまりしないけど削った。だって読み返すたびにあーあって思いたくないもの。横文字ならともかくとして。でもそれだけこだわってるんだねっていうのもわかるの。この世界が好きだからこその弱点がある。千秋楽映像だから挨拶が後ろにくっついてる。この世界に浸っていたいのにみったんファンだから挨拶まで見てしまう。途端ぬるま湯になるんだな。(見なけりゃいいじゃんって思うでしょうよ、言われなくても次はもうみないわ、すぐ最初に戻すわ。)ぼんやりCMまで見てしまう、雨に唄えばがくっついてます。途端水風呂になるんだな。(見なけりゃいいじゃんって言うでしょうよ、言われなくても次はもうみないわ、すぐ最初に戻すわ。)知家様とラモント女史は同じ人なんだぜなぜなんだぜ。

愉快な出来事は好きだけど不本意だわ。

12/10

Wed

2008

07年宙組公演 ミュージカル・ロマン バレンシアの熱い花 #33

いつから!GWの準備を!はじめたらいいんだ!ハウツー本ハウツー!

これは一種の脱皮っていうか、それくらい爽快っていうか。本役版は「名前を呼ぶほど親しいわけじゃないし、だけど気難しい人だし、なんて呼ぼうか。呼び捨ては…睨まれて決闘挑まれるのは勘弁だな、そんなんじゃこっちは仕事になんねぇ。うーあー、んーっと、貴族の旦那。それだ、旦那だ!」役替り版は相手が貴族だろうと何だろうとお構いなし。接し方はみんな平等、常連のおやじと同じように領主の甥に喋る。何も考えてないから、相手がそれで振り向けば、呼ばれたことに気がつけばそれでいい。かつ簡潔に発声できて、だから何も考えずに旦那って呼ぶ。こんなこといっていいの?いいの?いいよね?フィーバー!ブラボー!ファービラス!だってだってだって受信トレイなんかいつか流れていってしまうなんてもったいないわ。こんな話しました!私目からうろこが落ちました!私はみちロド様に関しての記事を書くときに、特に何も考えずラモンがそう呼ぶから旦那表記をしましたし、だけど本役ロド様を若くて青い人間だと描写しようとました。そのニュアンスの違いについて深く考えることもなかったです、そういうものだからってスルーどころか腑に落ちないっておもいもしなかった、気がつきもしなかった。せっかくここまできたから、みちラモンが兄貴って呼ばれる理由も考えた。フリオより早くからエルパティオで働いてるの。だから。若いけど先輩だからそう呼ばれてるだけ。

HEYHEYHEYにT4が出演したことによって「テレビに宝塚の人でてたよ!」って言われました。テレビってすごいな。みったんもでないかな。コスモ5はつくんないのかな。「もちろんみてたよ!元宝塚の人だけどねっ!」て答えたけどね!

12/09

Tue

2008

07年宙組公演 ミュージカル・ロマン バレンシアの熱い花 #32

返事きた!わたし!ひとりじゃない!あーこれでごはんが美味しくなるよかったー。私ジェフに会えるかもしれないんだわっ!キラキラ☆ミ

みちロド様は自分から大技を仕掛けた。とむロド様は、みちラモンの隙をついた。エルパティオ決闘シーンの殺陣、おかしいな、同じものの筈なのに。痺れを切らして自分から戦いを挑んだりっていうより若くて、幼くて、感覚的なのがみったんのつくった二つの役なのかしら。方向性は違うけど。ところでラモンの周りの人たちのことが見えてきた。ローラは今回歳の近い兄弟、唯一の血縁。親はいないけど、下町で二人は生きてきた。家の向かいにはエルパティオ。彼女達の面倒をみてきたバルバラは、給仕兼用心棒兼シンガーとして雇ってる。お姉さん立場にいるのがファニータ、隣町から出勤しているフラスキータ。フラスキータはラモンが好き。ローラはフラスキータを応援しつつもラモンがイザベラを好きなことを知っているから複雑。「そんなラモンがいいのよ。」フラスキータは余裕を装う。イザベラしか見えないラモンがフラスキータの視線に気がつけば、嬉しそうな顔して瞳の中の宝石を歌える日が来るかもしれない。おいしいなーバレンシアっておいしいなー、噛んでも噛んでも味がするよ。

で結局どれが好きかって聞かれたらより東京千秋楽が好きだよそりゃ、ほもくさくて。(宝塚版の二つはどっこいだから。)

12/09

Tue

2008

どうしよう。友の会の冊子が届いて宙正塚公演がGWに丸被りしてることに驚いてこりゃこりゃって思ってるんだけど、誘ったらふられて一人旅じゃんってところで躓いてる。どうしようどうしよう、天下のゴールデンウイークに一人誰ともしゃべらずただにやにやしてるなんて!って思うと旅の準備なんかしたくもないどころかチケットもとりたくないし新幹線ものりたくないそもそも薔薇雨いきたくない全部したいしいきたいけど大きな壁がぬーんって立ちはだかってやがるぜ…。行動力が欲しい。躁!鬱!躁!鬱!ゆけー!ゆけ!ゆけ!フェルゼーン!図解でわかる!たのしいGWの過ごし方系ハウツー本とか自己啓発本とかそういうのがほしい。どうしようどうしようどうしよう。(そもそも正しい大型連休の過ごし方がわからない、ここ二年くらいを思い返すと家から一歩も出なかったわよ。)ああこんなときにスチュアートグリーンがいてくれたら!「あきらめられないどうしても!」って背中おしてくれたら!

12/08

Mon

2008

07年宙組公演 ミュージカル・ロマン バレンシアの熱い花 #31

エゴをさらけ出せる相手がレア君からしるびーに変わってるんだ!

(ここまでのまとめ。)らびゅー、ジェフ。興味のない男達、桂、オースマン。萌え代表、ロド様、ブレストン、要。ちょっと自分の傾向がわかってきましたよ。桂とオースマンについては周りに食い合わせのいいキャラクタがいないのが問題なだけだ。

12/08

Mon

2008

07年宙組公演 バウ・ミュージカル THE SECOND LIFE #7

たすけってもらおうーおんーみょーじーれっつごー!

より自分好みにするにはどうすればいいかを延々考えてみた。ええと、基本はマークのこころうちもルシアの展開も気に入らないの。っていうかマークがほんとうにどうしようもない男ね、相手の気持ち考えてよ。セカンドは世界のルールを無視してるGMが二人もいることがそもそも問題だわ。傷心旅行を応援してて、僕のことなんか忘れて楽しんで!んでおばけの見えるマフィアのジェイクに協力してもらってたらジェイクとルシアがらぶらぶになって、これで僕も天国にいけるよ!って話になってほしい。そしたら神様いらないから。マークの思いを通してルシアをみているうちにジェイクの心がルシアを愛するって二人の男の辛い恋の話(ほもじゃなくて、相手はルシアよ。)だったらいいのにー。でもそれってみったんと同格の男役がいるのよね、はい、ドンファンでみたいです。ケリーはちぎた固定じゃないとやだやだやだケリーすきー!ちぎたケリーすきー!3人の男の3つの愛の形、あれそんなのどこかで?太陽と愛の土地ーバレンシアーへー♪この話の結末はマークはルシアに笑顔が戻ったことに喜びを得て天国にいくの。ジェイクはピストルをピアノに変えて今、君に伝えたいことがあるって歌えばいいじゃにゃい。

12/08

Mon

2008

07年宙組公演 バウ・ミュージカル THE SECOND LIFE #6

最初にみてる時は誰の視点でみればいいかよりも、この話どうなるんだろうかって不安でたまんなかった。二回目にみてるときはマークに感情移入しようって集中するよりも、ラブアクチュアリーのように、いくつかの話が同時進行していると思えばいいなって感じた。コメディだからこのオチでもいいけど、題材自体はシリアスなものよ。マークがただルシアを一直線に愛してるせいでほかの事描けなかったのよね?マークは最初から自分のこと忘れて欲しくないって言ってる。(昨今はやったあの歌とは違うわ、好きかどうかは別として。)一年間上から見下ろし続けて、マークの視界ってどんどん狭まってるの。これは私の意見。はやく忘れてください、あなたをこれ以上悲しませたくないから。パーツパーツは好きなんだけどなんだかなぁ。ただし根本的に私の好みなのは二つ目の人生を悔いなく生きようってマークとルシアよりも、一度しかない人生を二人で生きていこうとしてるケリーとアイラです。(そもそもジェイクは死ぬ必要あったのかしら。)ってここまで考えてから、私個人にダメージを受ける出来事がありまして、咄嗟に思ったのが「助けてマーク!あなたのまっすぐな愛に癒されたい!」私にもぶきっちょな愛を歌って欲しいー。ああーなるほどなーわかったぞ。惚れそうだ。悪霊なんて言ってごめんなさい、こんな主人公もありだよな。でもやっぱりケリーが好き。アイラになりたい。

12/08

Mon

2008

07年宙組公演 バウ・ミュージカル THE SECOND LIFE #5

ただ優しくてただバカなの。ルシア、大好きだけど大好き!って思いつつこいつアホだなーって思ってたと思うの。でもマークはルシアにとって癒しだったのよ。ルシアは自立してるけど、摩天楼で颯爽と戦ってるけど、深夜に電話したり、デートしたり、彼のピアノを聞いたりして毎日を過ごしてた。でも1年たってるのよね。1年たって、痛みを引きずりだされるのって苦痛だわ。それが結果最愛のマークでも、もうちょっと考えて欲しいわ。反面マークならいいか、っていうのがマークの魅力なんだろうか。ケリーとアイラに夢中になるのは、マークがルシアしか見えてなくて小さい男に見えるからかもしれない。(でも許容範囲、かわいい。)ジェイクに夢中になるのは、マークがルシアに夢中すぎて余裕のない男に見えるからかもしれない。(でも許容範囲、かわいい。)マークって、マークって、考えれば考えるほど悪霊なんだけどまぁいいか。

12/07

Sun

2008

07年宙組公演 ミュージカル・ロマン バレンシアの熱い花 #30

年の離れた兄弟から、近い兄弟になってるのが、私にはつらい。嫌なんじゃなくて、ダイレクトに感情が伝わってくるようで。庇護対象じゃなくて、一緒に生きてきたんだと思うの。一緒に踊ったり歌ったり泣いたりして生きてきたんだと思うの。ローラを失った時のラモンはパニクっているように感じる。それは、ラスパ風に言うと一対の翼だったの。

12/07

Sun

2008

07年宙組公演 ミュージカル・ロマン バレンシアの熱い花 #29

黒い天使にエピソードがないおかげでキャラクタがゆとりをもって見えているのかもしれない。どうやら本気でバレンシアが好きだぞっと。もっともっとここをこうすればよりドラマティックに見えるだろうに!って見えてくるのすら愛しい。盲目な愛し方ではあるけれど。

なにが違うってぜんぜん違った。(ロド様がやたらめったら被虐的で扇状的じゃないとか。あれはみったんオリジナルロド様だったんだね。)みちロド様と違ってとむロド様は硬質で、まっすぐで、ほとんどのことじゃ折れたり曲がったりしないけれど、粉々になるときはダイヤモンドにトンカチを打ちつけるように粉砕してしまうんじゃないか。(みちロド様はだいたいにいてすぐ曲がってしまう水っぽい性質を持っているけれど。)余裕があって、大人の男だっていうのがわかるわ、ペールブルーとピンクの衣装は似合わないけど。だからなぜマドリードにいったか、そして、なぜ帰ってきたかがわかってしまった。とむロド様は正攻法で、ルカノールから政権を奪おうとしてるの。レアンドロのようにクーデターをおこそうとしてるんじゃない、誰の血も流さないつもりなの。みちロド様のレアンドロは使用人であり、執事で、世話をさせてるアンドレグランディエだけど、とむロド様のレアンドロは右腕なの。友情だってある、地位的にフェルナンドとと連んでることもあるようだけどレアンドロとはバレンシアの今後について語ったりする親友なんじゃないかなぁ。(みちロド様はフェルナンドに頼ってる節があるんだ、弟分や子分のように。)ホルヘとミゲルの関係がよりウエットに、親子を連想させる間柄になっている東京版と違って、この二人は宝塚版だと上司と仕事のできる部下。エージェントミゲルのほうが私は好きだなぁ、どちらかといえば。だけどここにウエットさがあるからドンファンとの一見が引き立つのかもしれない。息子を失ったホルヘが、手取り足取りミゲルを指導するの。東京版のミゲルは小さい頃に両親なくしてて孤児院で育って、あれ?そういうのどこかで?ドンファンがドンファンじゃないの。ああ別にカチャに何かいいたいわけじゃなくてななほの事をドンファンドンファン普段からドンファンって呼んでるだけでドンファンがドンファンじゃない。全体がバレンシアの健康的な花になっているからか、エロスを一手に担うのがしるびー。ロド様のエロスの方向が逆っていうのはすごいね、母性のしるびーから女しるびーになってる。深夜のルカノール城でしるびーが一緒に逃げようって理由が違っている。彼女は自分の為に逃げようっていってる。女なの。それはわかる。でもおそらく自分にも厳しいロド様がなぜそのときしるびーと一緒にいたのかはわからない。自制心のある人なんだけど。しるびーの前でだけみせる顔なのかもしれない。くやしい!って思うのはみちロド様のしるびーはそんないろっぽい顔しないのに!って事で、いいでしょふふん!って思うのはうちのしるびーは聖女です!ってことかしら。激しい恋と穏やかな愛の違い。

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