究極超魔人ルカノール!
比較対照が少ないのは申し訳ないところだけど、シニョドン、パレルモとパラプリと景子作大劇場作品で大きく違うポイントがあるとすれば舞台上に高低さがあるかどうか。舞台装置が装置として機能しているか、それともセットが動くかどうか。パーツか。パラプリは一つ一つのわりと小さいパーツがてんやわんやしてる。私ね!今年から観劇はじめた初心者にわかだからね!あんまりしらないんだけど!ベルばらぐらい角度のない舞台だった!そうだ思い出したそうだった!一枚のポリゴンにテスクチャ張れば立体映像になりそうなそんなかんじ!生きてる間には評価されないだろうけど、それでも描いたのはそうしなきゃ生きられなかったから。スチュアートは必然もいくはたまたま若くしてその才能を世の中に知らしめているけど、たとえ今がそうじゃなくても描きたいものの描いていたんだと思う。そしてそう生きる事に誇りを持っていただろうし、自分の作品には自信があっただろう。(ここはまた別に考える。)だからキャサリンの前で第三者の視点でありえた。パラプリのキラキラは自信。そうありたい、憧れがある。嫌いって言い切ってしまえないのはグリーンのもってる絶対の自信だと思う。ううん、緑も黒も茶も、自分がそこにいることを自分の手で選んでいるのよ。そうして選んできたことに絶対の自信を持ってる。この3人の生き様がヒロインの作品や心に絡んでいけば魅力的な作品だったのにね。(ハーレムで。)おおのたくじにしてもそうだけど、専化を脇役として割り切れないのかしら。専化退団してしまったらどうするつもりなのかしら。ねぇ、けいこも退団すんの?っていうくらいハワードかっこいいわ。っていうかハワードに恋するわ、常考。だってずーっと影で見守ってきてでも愛していたんだ!っていうのはアンドレだから。アンドレの愛の形は女性が本能的に求めてるものらしいわ。めろめろきゅんきゅんめろきゅんきゅん。